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飾らないやさしい服を求めて採長補短の日々を慈しむ。
クッションカバーのための手織り布
チェムさんに織ってもらっているクッションカバー用の手織り布の様子を見に行って来ました。
チェムさんの家はチェンマイ市内から車を30〜40分走らせた、田園風景が広がる長閑な場所にあり、
毎日そこで少しずつ布を織り上げてくれています。今はお母さんと妹さんの介護をしながらの生活ですので、
農作業よりも、家で仕事が出来る機織りの方の比重が高くなっているとの話でした。

今回は厚みのある布を作るために、番手の太い染めていないそのままの綿の糸を混ぜながら、
自分で染めたラック染め + ミョウバン媒染の綿糸、アセンヤク + ミョウバン媒染の綿糸を経糸に、
アセンヤク + 鉄媒染の綿糸を緯糸に使って織ってもらっています。
 
チェムさんの家を訪れる時はいつも、どういった布になっているか、車の中では楽しみと不安が
入り混じった気持ちでいっぱいですが、いつも予想していたよりも良い結果が僕らを待っています。
織り方や配色などすべてこちらで指示しているので、結果は予想出来そうなものですが、
糸と布の状態では印象が違いますし、チェムさんの丁寧でやさしい手仕事と人柄によって、
結果が救われているのも確かなのです。

posted by tomo | 05:43 | 採長補短の日々 | comments(0) | trackbacks(0) |
自分らしく暮らせるライフスタイル
かご編みの材料は、タイ語でใบตาล(バイ・ター ン)と呼ばれるパルミラヤシの葉であるが、
村の知人や友人から売ってもらえるという、現地で調達できるものである。

それを均一の幅に切りそろえるのは70代の旦那さんの仕事であり、実際に作り方を見せてくれた。
ヤシの葉を切りそろえる道具には、等間隔に切り込みが入っ ており、
ほしい幅の位置に鉄の刃が取り付けられている。そこにヤシの葉を差し込んで引っ張ると
出来上がりという、とてもシンプルな仕組みの道具である。

かご作りは、おじいちゃんが材料を加工し、おばあちゃんが編むという家内制手工芸であり、
和紙を使って張り子のお面や人形を作っている、僕の両親とも共通する仕事のスタイルである。
そして、作っているものは違えど、僕たちが今やっていることはまさに家内制手工芸である。

家内制手工芸は、沢山お金を稼ぐことは出来ないかもしれないが、
自分らしく暮らせるライフスタイルだと思う。おじいちゃんおばあちゃんは、
慎ましい生活の 中でも立派に子供を育て上げた。そして、70代80代になった今でも、
自分たちの手を使った仕事を通して、豊かな毎日を送っているのである。

posted by tomo | 10:32 | 採長補短の日々 | comments(0) | trackbacks(0) |
いくら欲しくても手に入らないシルクコットンの生地
9月末までは、今まで経験したことがない数の展示会が入っており、
良い商品をきちんと供給するためには、朝から晩まで毎日仕事しなければいけない。
確かにキツイのだが、沢山の人に知ってもらえる機会を大切にしたいし、
何よりみんなの意見も同じであったことが大きい。

 
そんな缶詰状態の中でも時間を見つけて、新しい生地を織ってもらうために
チェムさんの家を訪れた。今回お願いしたのは、シルクコットンの生地である。
コットンの糸は市販のものであるが、シルクの糸はある村のおばあちゃんが
自分でカイコを育てて糸にしたものである。タイ原産繭の特徴は、繊維が太くて短く、
黄金色であることが特徴だが、糸は
4つの種類に分かれている。
今回は繊維が不均一である特徴を持つサオ・ルーイと呼ばれる糸を使うことにした。

 
経糸をシルクの糸を使う方がいいのか、緯糸に使う方がいいか、かなり迷った末、
後者を選んでサンプルを見に行った。どうやらその選択は大正解の様子だ。
タイ原産繭の特徴である、不均一な糸から生まれる素朴な表情が布から溢れ出している。
それも野暮な感じの風合いではなく、とても品のある生地になっているのだ。
色合いに関しても、まったく自然のままの色を使っているのだが、黄金色が生成り色と
交じり合って上品な淡米色になっている。


自分たちで糸を調達したこと、丁寧な仕事のチェムさんにお願いできたことが何よりも大きい。
以前に他の場所でシルクコットンの布をお願いしたことがあるのだが、打ち込みを甘くして
価格の高いシルクの分量を少なくされてしまったりと、自分の希望通りの布を得るのは難しい。
本当にほしい布を得るためには、良い材料と良い人材を見つけて、
ゆったりとした時間の中で焦らず作ってもらうしか方法はないかもしれない。

posted by tomo | 14:13 | 採長補短の日々 | comments(0) | trackbacks(0) |
これがタイ・ユワン族の赤だと思う
ラップレー郡の草木染め名人のおばちゃんに教えてもらった話の中でも、
とりわけ気になっているのが木の根っ子で染めた赤の話である。
 
おばちゃんが集めているアンティークの布を見せてもらった時に、
昔は赤を出すために木の根っ子で染めていたというのである。
草木染めで赤を出すと聞いて真っ先に思いつくのはラックカイガラムシだが、
そう言えば以前タイ人の先生に見せてもらったラオスの布は木の根っ子で染めた赤い布であった。
 
これはどうしても名前が知りたいと思い、資料をもう一度見直してみると、
確かにヨーパーという名前の植物の根で赤色に染まるという話だ。
そして友達にも調べてもらって分かったのは、ヨーパーとは日本ではニノジュースの
原料にもなるアカネ科のヤエヤマアオキという植物であること。
 
しかし、タイ・ユワン族の赤とは、ただ木の根っ子で染めただけのものではない。
先にマカーイ(Mallotus philippensis)という木の実で黄色に下染めをした上から、
ヨーパーの根で染めて深い味わいのある赤を生み出すのだ。
(現在では、タイ国内でヨーパーを見つけるのは困難である。)
 
そしてネットで調べてみると、日本にも緋色を出すために、ウコンやクチナシなどで
下染めしてからベニバナをかけるという方法が平安中期以降にあったという話ではないか。
美しい赤色を生み出すために、下地に黄色を使うという発想は国が違っても同じなのだ。
 
タイでは、ラックカイガラムシを集めることはそれ程難しくはなかったと思うが、
どうしてヨーパーを使っていたのだろうか?それは、ラップレーに来る前の
タイ・ユワン族の祖先が、メコン川の上流に住んでいたからではないだろうか。
 
これは憶測であるが、そこではラックよりもヨーパーの方が手に入りやすく、
それを使った染織技術も高かった。そして、その時に覚えた技術はタイに
移動した後も代々受け継がれ、タイ・ユワン族のナショナル・アイデンティティーを
継承するという、重要な役割を担っていたのではないだろうか。
 
色々な民族が入り混じってしまったタイの中でも、ラップレーは純粋なタイ・ユワン族の
子孫が多い場所かもしれない。その技術を知っている人たちがいなくなってしまう前に、
その貴重な染織技術を受け継ぎたいという人が現れるのを切に思う。

posted by tomo | 19:28 | 採長補短の日々 | comments(0) | trackbacks(0) |
少し日常着寄りの晴れ着をビスポークで作る
去年の今頃は特別な服を作っていました。それは今まで作ったことがない、
友人のためのオートクチュール的なドレス。オートクチュールという言葉は
何だか大げさだなと感じていた時に、オートクチュールを意味する言葉で、
ビスポーク
Be spokeという言い方があると、その友人が教えてくれました。
主に男性の、オーダーメードの背広や靴に用いられる言葉として、
言葉を交わし、対話の結果として服を作りあげるという意味だそうです。
ビスポーク、本当に気持ちのよい響きの言葉です。


そのビスポークでお願いされたドレスは、ちょっと日常着寄りの晴れ着というものでした。
晴れ着は、外から見られるという機能と役割が強いものだと思いますが、
服は単独ではなく着る人の頭から足までの全体の一部として見られるような気がします。
個人的には、晴れ着が主張すべき度合いというのは、着る人が心地よいと思える範囲内が
良いと思いますし、人に見られることによって、気持ちが内側から外側に向かうという
精神的な効果も期待されるものではないかとも思います。


また、日常着は内側から着るという機能で考えれば、できるだけ着やすいものであった方が
良いと思います。例えば
アーツ&サイエンスのソニア・パークの言葉に
「ファッションが自己顕示のためではなく、むしろ日常のための
"道具"である」がありますが、
日常着には道具としての着やすさや使いやすさが期待されている気がします。


少し日常着よりの晴れ着をビスポークで作るという経験は、それらを両立させて、
なおかつ着る人の要望をそこに織り込む、というものでした。


普段はボディーに向かって布をパターンに変えていく作業をしているので、
着る人が仮縫いを着た時の感情の変化などを察することはできません。
それは、場合によってはデザインの変更を迫られるものでもあります。

また、ビスポークでは仮縫いを実際に着てもらってラインを修正するので、
ラインはただ体にフィットすれば良いという訳ではなく、着やすさも考慮して、
必要な場所に必要なだけのゆとりを加えていく作業をしなければいけません。

ゆとりが多すぎると日常着の方に、ゆとりが少なくなれば晴れ着の方に、
そんな間を削ったり足したりしながらの製作はとても神経を使うものでした。

posted by tomo | 15:16 | 採長補短の日々 | comments(0) | trackbacks(0) |
母の織る愛情の布
今回の旅で、タイのイサーン地方の「母の織る愛情の布」という詩を思い出しました。
昔ながらの機織りと豊かな生活を如実に表した詩です。

 
以下、パイワリン・カーオガームの詩(月刊誌「芸術文化」19898月号に発表)
岩城 雄次郎氏 訳 をある方が修正したもの。

 カーオガームは1961年タイ東北ローイエット県生まれで母親の献身的な愛や自然の恩恵を
優しくうたうと同時に、社会の歪みや不公正にも鋭い告発の目を向けるタイの詩人だそうです。

 
母の織る愛情の布
 
母は桑を植え せっせとマユを育てる
愛情をこめて てきぱきと働く姿には 希望がある
 
清らかな手で どんどん絹糸をたぐり出し
時間をかけて 美しくつややかにそれを繰る
 
心のこもったその手で たんたんと紡ぎ出す絹の糸を
その一本ずつが 布になる
 
機(ハタ)を踏む足にこそ魂が 杼(ひ)を掴む手の動きにこそ
生命が宿る
 
母が織ってくれたばかりの布 家族の愛を結ぶ絹糸の
目にもまばゆい美しさ 心をつなぐ絹糸を 母は作り出す
 
母の捧げる絹を母が織り子に伝える 子は母からの布を身に纏う
 
その絹を作り給いし 母は偉い人 どの布にも 生命があり
心と魂が宿る なんとも美しく 織り上げられている
 
絹を織る ほそ腕の母の手はかつてはよく その手で子どもを叩いたものだ
そして この同じほそ腕が生きる苦難と闘い 今では子どもを守ってくれる
 
そう この手こそが 織りに生命を与える 銭もうけしようなどとは
いささかも思わず 苦労をものともせず織り続け 新しい絹布を
産み出すために精を出す
 
娘には家事を教え 肩を並べて織りを教える 織りを永遠に伝えるために
母の手から力が抜けて 動かなくなってしまう前に
 
そして息子には誇りをもたせる 母を愛するならしっかり働けと
絹布にこもった繊細な愛情の糸で 母のように懸命に働き続けよと
教える
 
やがて母の亡き後にも まことの子なら 織り続けていける
 
母から子へ 脈々と機(ハタ)を踏むことができる
新しい生命ある布はまたきっと美しいに違いない
posted by tomo | 11:44 | 採長補短の日々 | comments(0) | trackbacks(0) |
その美しさを伝えられなくなる前に、、、。
手織りの布はシンプルでプリミティブなものですが、より美しい布に仕上げるために
それぞれの場所で様々な織りの工夫があります。タイの現状では、後継者不足ではなくて
後継者がいないという状況ですので、そういった知恵を受け継ぐ人はほとんどいません。
ですので、まだわずかな灯火がある時に、少しでも多くの知恵を収集できたらと考え始めています。

例えばタイ中部の農村の話ですが、平織りの布を織る場合、綜絖を
2枚使いますが、
それぞれに通された経糸は足を使って交互に上下させられます。
それぞれの糸は隣接しているために糸と糸がくっついた場合には、切れてしまったり、
織りムラの原因になったりします。


糸を切れにくくするための処理として、うるち米の米汁を使う方法が
一般的だと思うのですが、今回使っていたのは蜜蝋とココナッツオイルを混ぜたものでし
た。
米汁も良いのですが、腐りやすいので何度も作らなくてはいけない、
均一に塗るのが難しいという理由もあり、保存が利く自家製の蜜蝋キャンドル?
を使っ
ているとの話でした。

2枚綜絖のシンプルな平織りの布ですが、より美しい布を織るための工夫を少し知ることができました。
posted by tomo | 00:26 | 採長補短の日々 | comments(0) | trackbacks(0) |
友人と一緒にタイ中部の長閑な農村へ
チェンマイの友人を連れて、タイ中部のサトウキビ畑に囲まれた
人となりが心地よく吹き抜けるタイ中部の農村に行ってきました。
ここではサトウキビ畑やお米作り以外にも機織りをしており、
一度来ると帰りたくなくなる場所でもあります。

 
昔ながらの機織りを継承しているこの家では、イサーンからタイ中部に嫁いできたお母さんが、
機織りの技術を娘に継承しています。娘と言っても
50代ですが機織りの技術はとてもすごく、
Tomoの高価な黒檀染めのシルクなどを織ってくれています。


 手でコットンの糸を紡ぐ技術を持つ人は、タイではどんどん減ってしまっていますが、
80才近いお母さんの糸紡ぎは、マジックを見せられている感じでじっと見入ってしまいます。


自分たちがいいなと感じている事を、作るモノは違ったとしても同じ作り手と感覚を共有できるのは、
本当にすばらしい事だと感じました。

posted by tomo | 12:34 | 採長補短の日々 | comments(0) | trackbacks(0) |
大切な仲間と切磋琢磨する命の時間
新しいタイプの布の機織りをチェムさんにお願いしたのだが、
初めての布を織ることもあって経糸の選択を失敗してしまった。
筬の羽の間隔に対して経糸の番手が太すぎたため、打ち込み時に
布から大量のホコリが出るというアクシデントが起きてしまった。

 
そんな状況の中でも丁寧に処理しながら織ってくれたため、
貴重な時間をかけて織れた布の長さはたったの
2メートルであった。
緯糸は差し込むものだから無理もできるが、経糸は打ち込みと連動しているので
そうはいかない。経糸は本当に慎重に選ばないといけないと知った。
結局
40メートル以上用意してくれた経糸は、使えないという結論に至った。
それでも不機嫌な顔ひとつ見せず、これだけしか織れなかったと談笑している
チェムさんの笑顔に救われた。

 
チェムさんは、この人に織ってもらいたいと思える本当に素朴で素敵な人柄の人である。
チェムさんの手は農作業を繰り返した厚みのある手だが優しさと正直さに溢れている。
そしてしっかりと大地に根を張って生きている手でもある。

 
また織り機も無駄なものが一切なく、機織りの機能のみがぎっしりと詰まっている。
どこかから買ってきたものではなく、旦那さんが奥さんのために作ったもので、
簡単に作れない細かい道具のみ揃えてできあがった素朴な織り機だが、とてもシンプルで美しい。

 
ここに居ると、ちゃんと織ってあげるから真摯に迷わず仕事に取り組んでいきなさいと
激励されているような気分になる。自分を支えてくれる大切な仲間と切磋琢磨をする命の時間は、
簡単な言葉では言い表せない大きな大きな価値を含んでいる事を絶対に忘れてはいけない。

posted by tomo | 09:54 | 採長補短の日々 | comments(0) | trackbacks(0) |
人となりが心地よく吹き抜ける場所
僕自身が自分のためにもそこに行く必要がある。
その場所は、人となりが心地よく吹き抜ける村である。

以前お願いしていた生地ができあがったという電話があり、妻と二人で
生地をี受け取りに行くことにした。そこは、チェンマイから相当の距離があり、
ずいぶんと田舎の場所でとても日帰りはできないところである。

そこは、以前すぐにでもほしい布があり、催促の電話をしてしまった時に
「良い布がほしいならば、待たなければいけない」
と僕に教えてくれた人がリーダーをしている村である。

彼らは必要以上にお金を稼ごうなどという欲がない。彼らはお米も自分たちで作るし、
サトウキビ畑も持っている。機織りはあくまで彼らの副業なのである。
僕たちは少なくともお金がないと生きてはいけないが、彼らは問題なく生きていける。
彼らは衣食住に困る事もない。着る服も自分たちで織るし、お米も自分たちで作るし、
立派な家に住んでいるわけではないけれど、みんなそれで満足している。

だから人となりが心地よく吹き抜ける場所なのであろう。

今回、日本で買った絣と縞・格子の本を持って行き、参考に見てもらった。
彼らは、彼らの伝統的な絣の柄を体得している人たちである。
これは真似をしてほしいわけではなく、村から外に出る機会が少ない人たちに
何かアイデアになったらという、僕なりのおせっかいである。

僕のためだけにこれを作ってほしいというのとも違うし、僕らはボランティア
でもなければ、フェアトレードだとか謳うつもりもまったくない。
人となりが心地よく吹き抜ける時間が、僕ら二人をそうさせただけの話である。

彼らは染織材料から糸の材料まで、それらにいくらお金がかかったかも、
隠さずにすべて教えてくれる。僕は彼らとできる限り長く付き合っていきたいし、
お互いの希望はただそれのみではないだろうか。


 
posted by | 13:34 | 採長補短の日々 | comments(0) | trackbacks(0) |